翌朝五時に、俊と婦美は出発した。湾岸千葉から高速に乗り、高速 中央環状線を経て、東北道に入った。高速は空いていて、渋滞もなく 順調に進んだ。婦美は、まだ苦しんでいたが、進むに連れて車窓に映 る自然の風景には確実に人を癒す力があった。途中、上河内サービス エリヤでゆっくり休んで朝食を摂った。婦美は、大分元気を回復して きた。那須高原サービスエリヤでも休んでコーヒーを飲んだが、この頃 には婦美は、時折、笑顔も見せるようになっていた。郡山から磐越に 入り、猪苗代磐梯高原で高速道路を降りて、国道115号線で裏磐梯に 向った。
  二人は、十二時前に五色沼に着いた。そしてレストランで喜多方ラー メンを食べた。美味しかった。婦美は、すっかり気分が晴れてきた。 それは、目の前の俊の今まで見たことがなかった程の幸福そうな顔の ためだろう。俊は十五歳の時からずっと心の中に色褪せぬまま婦美と いう存在を留めておいてくれたのだ。自分も同じだ。今日からはすべて 二人のための時間といえる。俊は、以前、自分を先天的な失恋者だと言 っていたが、今その恋が成就しようとしているのだ。

  六月だったが、雨は降っていなかった。湿度が高く蒸し暑かった。 二人は手をつないで五色沼を歩いた。沢山の湖は様々な色をしていて、 その不思議な色合いは、湖を取り巻く新緑とともに、深く婦美の心に 沁みた。
  四十分ほど歩いて終着の桧原湖に着き、湖畔でアイスコーヒーを飲 んだ。多分水がいいせいだろうが、それはとても美味しかった。 婦美はすっかり元気になっていた。笑顔を絶やさなくなり、苦しそうな 表情は何時の間にか全く消えていた。二人はあちこちの湖を見て回った。 そして互いの写真をデジカメに多数収め、数度は二人の写真を人に撮っ て貰った。

  五時に予約してあった休暇村に着いた。俊は長時間運転していたが、 疲れた様子はなかった。そしてかえって婦美の疲労を心配していた。
 「疲れたんじゃない?」
 「大丈夫。だいぶ歩いたし、気持ちもいい」
婦美と俊は予約してあった部屋に入った。
 「婦美、温泉に入っておいでよ」
 「俊は?」
 「僕は内風呂だよ。男湯にも女湯にも入れない」
 「・・・・」
そうなのだ。俊の外見は男性でも女性でもない。
 「随分と不便なものだよ。入ったら大騒ぎになりそうだ」
そう言って俊は笑った。
 「風呂から出たら食事に行こう。ここはバイキングだよ」
 「じゃ、行ってくる」
 婦美は女湯に入り、汗を洗い流した。女湯は空いていた。続きの露天 風呂に入って、ゆっくり漬かった。見上げると、満天下の星空だった。 そして今までのことを思った。初めての俊と一緒の夜。婦美はとても嬉 しかった。今までは俊と会っていても、時間が限られていた。今日は 時間を気にすることもない。
  婦美と俊は入浴を終えると揃って食事に出かけた。二人ともビールを 沢山飲んだ。俊も楽しくてならないようだった。そして相変わらず婦美 を笑わせた。俊は食事の帰りに、また自販機でビールを買った 。そして 二人は部屋に戻った。
 「婦美と宿で一晩一緒なのは、初めてだね。時間はたっぷりある。 もう少し飲もう」
俊は言った 。
 「何という安らぎだろう。婦美と時間に追われることなく夜を一緒に 過ごすのは」
 「わたしもすごく嬉しい」
 「うん、また旅の宿というのも特別だね」
 「もう一本ビールを買ってくる」
俊はそう上機嫌で言って部屋を出て行った。婦美は、心地よく酔いなが ら十三歳の時の初恋を思った。これは夢ではない。これから俊と二人の 生活が始まるのだ。婦美は、俊との過去の思い出が酔いと共に駆け巡る のを感じた。
  俊がビールを買って戻ってきた。俊は持ってきた男物のシルクのパジ ャマに着替えた。婦美はホテルの浴衣を着ていた。十時、俊は部屋の明 かりを消した。

    二人はベッドの上で長いキスを交わした。婦美の心も身体も溶けてい った。俊は、婦美 の浴衣を優しく脱がせ、胸を愛撫し始めた。深い官能 の世界に二人は没入した。長く果てしない二人の愛の世界だった。
 夜半、婦美は俊の深い愛情を感じながら、眠りについた。俊と自分は これで初恋を実らせたのだ。俊の安らかな寝息を聞きながら、婦美は涙 ぐんでそう思った。俊の嵐のような愛撫の余韻が婦美を深い眠りに誘っ た。そして安らかに眠った婦美の頬には一筋の涙の跡が残っていた。
            

第四章 おわり
 
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