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 第四章 春

  俊が時間をくれと言った日から三ヶ月がたった。季節は春だった。梅の 花があちこちで見かけられる季節となった。婦美は、この間、ひたすら俊から の連絡を待っていた。これで俊とも終りなのかと、寂しさと苦しさに耐え 切れない思いでいた。一人でいる時は辛さに涙することもあった。その上 、それを聡には気付かれないようにもしなければならなかった。
  三月初旬のある日、婦美の携帯に電話が来た。十二時過ぎだった。出て みると俊からだった。
 「婦美?」
 「ええ」
 「明日会える?話があるんだ」
 「分かったわ」

  二人は何時ものホテルのロビーで待ち合わせた。何時も通り俊が先に 来ていた。婦美は直ぐに俊を見付けた。俊は心なしかやつれて見えた。 婦美はゆっくりと俊の向かいの席についた。
 俊は言った。
 「さやかは京都の実家に帰ったよ。・・・いや、大変だったよ」
婦美は黙って俊を見詰めた。
 「人と別れるのは人と一緒になるより大変だね。参ったよ」
俊は続けた。
 「さやかが、多田さんに言いつけることを一番恐れたよ。そのため時 間がかかってしまった。多田さん、最近変わった様子はないだろうね」
 「別にないわ。それにしても、どうしてこんなに長く連絡くれなかったの」
そう言って、婦美は涙ぐんだ。
 「さやかに、婦美のことと関係なく二人はもう終わりだと、納得させるの に時間かかってしまった」
婦美は黙って聞いていた。
 「それで、婦美と連絡を取ったり、会ったりはできなかった。携帯も監視 されていたし、危険を避ける必要があった」
俊は続けた。
 「最後は、僕なりにさやかに誠意も示したつもりだよ」

 二人はホテルのレストランで食事を摂った。食後、コーヒーを飲みな がら、俊が突然言った。
 「婦美、僕の代官山のマンションへ来てみない?足の踏み場もなくて、 ちょっと恥ずかしいけど」
 婦美は、この誘いを心待ちにしていたのかもしれない。
 「いいわ」
彼女は微笑んで直ぐ応えた。
  直ぐレストランを出ると、二人は、俊の車で、代官山へ向かった。 そこは恵比寿から歩けば十分ほどの新しいマンションだった。

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