仲人は喜んだ。仲人夫妻はその三日後婦美の家へ訪れて大喜びで、 両家の二人を褒めちぎった。仲人は二人とも信用できる人物でひどい 男性との縁を取り持つような人達ではなかった。どんどん話は進んで いった。
  結納も四月の吉日に行われた。聡は婦美をジューン・ブライドにした いという。彼は、大玉の真珠のネックレスを贈ってくれたが、彼女は、 聡とデートの時は何時もそのネックレスを身に着けた。
  聡はとても誠実な男だった。婚約時代彼は毎夜九時に必ず電話を くれた。何の変哲もない会話だったが、その言葉には誠意が満ちていた。 これから結婚して、幸福な家庭を作るのだという決意と希望が感じられ た。・・・今時こんな男性もいるんだ。婦美は頼もしく思った。二人は 毎週土曜日にデートし、新生活に必要な家具や食器や電化製品を探し歩 いた。都内のデパートへ電車で出かける楽しい日々だった。
 「稲毛の3LDKの新築マンションへ入ります。貴女には最低でも男の子二人 を生んでもらわなければ」
 「・・・自信がないわ」
 「跡継ぎが必要でしょ。貴女の家と私の家との。一人娘の貴女に私の 家へ入って貰うのだから。貴女の家の為にも男の子を産んでもらわなくては」
  それはかなりのプレッシャーだったが、何とかなるだろうと婦美は思っ た。随分古い考えと思ったが、双方の両親からも言われていたので、 理解はできた。そのようにして月日が過ぎ、六月が来た。
 六月に入って最初の日曜に、神田明神での挙式と新宿の旧小笠原伯爵 邸での披露宴が行われることになっていた。招待状を送ったすべての人 から出席するという返事を受けていた。婦美は、大学の同期の中では先 頭を切っての結婚だった。

 結婚式の後、聡は耳元で囁いた。
 「世慣れた女性はあまり好きでは ありません」
そして続けた。
 「私は一生をかけて一人の女性を守りたい」

      二人は、変わった新婚旅行に出かけた。日光金谷ホテルに五泊したの である。慌しいパックの海外旅行より、自然の中でゆっくり過ごしたい という聡の希望の通りに決めたのだった。
  それは新婚一夜目の夜だった。二人は最初のキスを交わした時、婦美 は思った。これは初めてのキスではない。それは俊子と十三歳の時だ。 しかし、直ぐに、彼女はすべて忘れ去ることが出来ると信じた。それほ ど聡は優しかった。
  二人は、初めて夫婦として結ばれた。暫く、婦美は聡の腕枕で静かに 仰向けになっていた。聡は、半身を起こしキスをし、婦美の眼を覗くよ うにして言った。
 「やはり、僕が初めての男性だったんだね。貴女は、思っていた通り だった。本当に珍しい人だ。一生貴女を大切にする・・・」
幸福感に溢れて、彼は続けた。
 「子供を作って、幸せな家庭を作ろう。給料は高くはないけれど、 普通の生活は大丈夫。今は講師だが、そのうち昇進もあるでしょう」
 彼女は、一生この男性しか知らずに生きていくのだ。それは女として 幸福なことだ。そう婦美も思った。安らぎがあった。
  二人は、天候にも恵まれ、毎日、聡の運転する車で出かけては、歩き 回っては、写真を撮った。ホテルの厨房は毎日二人のために美味しいお 弁当を作ってくれた。ヤシオツツジやヤマツツジが咲き、奥日光の木陰 のあちこちには未だ雪が残っていた。
  二日目は、中禅寺湖の周りをゆっくり散策した。まだ桜の花も残って いた。水産試験所で、いろいろな魚を見て楽しんだ。中禅寺湖にいるマ ス、ヒメマスなどの他、キャビヤでしか知らない沢山のチョウザメが泳 ぎ回るのを見たとき、二人は嘆声をあげた。三日目の奥日光では、湯の 湖を歩いて一周し、ボートに乗った。婦美が言った。
 「天国のようだわ」
聡がいった。
 「うん、天国というものを人間が思い付いたのが分かるね」
二人は美しい自然の中、幸福感に浸っていた。
  四日目は、竜頭の滝で車を止め、タクシーで湯滝に行った。そして、 湯滝から、戦場ヶ原を通って、竜頭の滝まで歩いた。竜頭の滝の茶屋で 食べた団子は殊のほか美味しかった。そして、最後の日は、金精峠を 越えて菅沼まで行き高原を散策した。

  毎日早めにホテルに戻り,ゆったり過ごした。ホテルは過ごしやすく、 食事も美味しかった。

      こうして新婚旅行から帰って、新生活を順調にスタートした。
 
            

第三章 おわり
 
ご意見ご感想がございましたら、 こちらにおねがいします。

- 14 -


inserted by FC2 system