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 第三章 回想

  それから婦美はひたすら俊からの連絡を待った。一週間が過ぎ、 彼女は不安に駆られた。このまままた俊と別れ別れになってしまう のではないか?二度までも俊と別れる?そんなことには到底耐え られない。そして高校一年の時の俊との別れを想い起こした。

    婦美が高校に入学した時、俊子は三年生で既にソフトボール部を 勇退していた。彼女は一心不乱に受験勉強していた。自分の高校 とは全くレベルの違う大学への入学を目指していた。そして睡眠 不足で顔色が悪かった。しかし、俊子は婦美と共に過ごす時間を必ず 作ってくれた。そんな時、俊子は婦美のために受験のことは忘れて 楽しく過ごした。
  俊子は制服を着ている時以外は決してスカートをはかなかった。 最近は俊子の両親も俊子の異常に気付いてはいたが、そのことを 決っして認めようとしなかった。中学からお嬢様学校に入れても 一向に効果がなかったが、親にとっては、相変わらず男の子のよ うな利発な女の子だった。「女の子らしくしなさい」が未だ口癖 だった。この頃になると、俊子は書物を読み、自分がGID(性同一 性障害)であることを自覚していた。
 「先天的に頭だけが男性で他は女性の、第三の性なんだ」
と親にも説明したが、親は耳を貸そうとはしなかった、と婦美は 聞いた。そういえば気のせいか、俊子の両親は、最近、婦美に 対し妙に余所余所しい感じがしていた。
  俊子は、婦美と一緒にいて、時々とても悲しそうな表情を浮か べることがあった。
 「婦美は普通のお嫁さんになることが夢なんだから大学を卒業 したらすぐにも結婚するんだろうな」
 「そんなことない。婦美も俊と同じように仕事をするわ」
 「婦美はお嫁さんになるよ。ご両親の希望通りに」
 「誰のお嫁さん?考えられないわ」
 「少なくとも僕ではない。ちゃんとした一人前の旦那さんと 結婚するよ」
 「・・・小鳥の公園での約束は?・・」
 「まるで婦美と僕が結婚できるみたいに言うね。あんなのは 子供の夢だよ。僕は戸籍上は女性だよ」
そう言って俊子は悲しげな目で婦美を見詰めた。俊子には深い孤 独感が漂っていた。それは、人から理解されないという孤独感だったろう。

 二学期が始まった。そうして事件は起こった。婦美の父親宛に 無記名で俊子と婦美の関係を中傷する手紙が届いたのだった。 婦美の両親は 恐慌状態に陥った。婦美は携帯と財布を取り上げ られ、父に言われた。
 「お前は本当にあの前田という先輩とこの手紙のような・・・ その、関係にあるのか?」
ところが手紙は教師にもそして俊子の家にも送られていた。 関係者は上を下をの大騒ぎとなった。
 「この手紙の内容が本当ならとんでもないことだ」
父は言った。
 「もう二度と前田さんに会ってはいけない」
 「お父さん私と俊はそんなんじゃない」
 「しかしお前は、那須の別荘に泊まりに行った」
 「何も無かったわ、他のお友達も一緒よ。お父さん」
 「そういう噂が立つだけでもお父さんには許せないことだ」
   婦美は泣いたが、父は頑として取り合ってくれなかった。学校 で俊子と話すことさえ許可されなかった。俊子は事情を見抜いて いた。一層悲しそうな孤独な影がその面影に漂うようになった。
 婦美は担任の教師からも厳しい注意を受けた。この教師は補導係 りも勤めていた。ミッション系のお嬢様学校ということもあり、この種の問題には ことのほか煩かった。
 「学生の本分を忘れてはいけません。ここは勉強する所です。 不純な行為は許されません」
 「先生、私と前田さんとの関係はあの手紙にあったようなもの ではありません」
 「貴女の言葉を信じましょう。しかしそんな噂が立つような行 動は軽率です」
 「先生、私と前田さんの関係はただの先輩と後輩の間柄です」
 「どうやらその範囲は超えているようです」と教師は言った。
 「三年の前田さんの担任と前田さんのご両親からも苦情が届いて います。前田さんは受験生です。担任として迷惑な 行動は注意し なければなりません」
 婦美はショックを受けた。俊子の両親は婦美に対して何時も優し かった。苦情が来ているということは俄かには信じ難かった。 しかし、俊子にはもっと厳しい注意が学校と彼女の両親からあった ようだった。涙が込み上げてきた。もう俊子と二人で会えなくなると思うと、 立ち眩みがしてそのまま座り込んだ。そうして泣いた。

 手紙の送り主は誰だか分からなかった。そのような行動に出そ うな人物は一年生にも二年生にも沢山いた。誰がやっても不自然 ではない。これだけ大きな問題となろうとは、手紙を送った本人 も予想していなかったかもしれない。しかし、二人の関係は完全に 破壊された。

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