婦美は頻繁に俊子の家へ遊びに行くようになった。彼女の家は、 渋谷から田園都市線で一駅の池尻大橋で降りて徒歩五分のところにあった。 婦美の家は上目黒で、駅は東急線で渋谷から二駅の中目黒であったが、 二人の家は歩いて二十分位の距離である。二人は、下校時にどちらかの 家に寄り、歩いて自分の家に帰ることもできた。
 父親が大手企業の重役ということで、俊子の家庭はとても恵まれていた。 そして俊子には5歳年下の双子の妹がいた。この十歳の双子達は、俊子の 可愛くてならない子分であって、婦美も似たような立場にあった。俊子は 決して家ではスカートをはかなかった。俊子と二人の妹と婦美、この 四人は何時も一緒に行動していた。庭でバトミントンをすることもあった し、家でトランプやゲームなどに興ずることもあった。

  秋は深くなっていった。それは、何時ものように、俊子が婦美を上目 黒の自宅まで、歩いて送って行く時だった。婦美の家の直ぐ近くに小鳥 の公園と呼ばれている小さな雑木林の公園があった。二人は大抵そこに 立ち寄ってベンチに腰を下ろしたわいもない話をするのだった。
 鳥の鳴き声が聞こえていた。木の葉が舞って、冷たい風が吹いていた。公園は、 落葉樹の木の葉が厚く敷き詰められ、その中を舗装された細い道がうねる ように続いていた。
 「クリスマス・プレゼントに何が欲しい?」と俊子が聞いた。
 「・・・わからない」
 「考えておいてね。婦美が一番欲しいものを贈るから」と俊子は言った。
 「イブに一緒にいたいけど婦美は家族と一緒なんだろうな」
 「24日のこと聞いてみる」
その時だった。婦美は小鳥の羽が触れるようなキスを受けた。驚くより 先に激しい鼓動を感じた。
 「・・・ファーストキスだった?」
 「もちろん」
婦美は小さな声でやっと答えた。それから俊子がゆっくり諭すように 言った。
 「僕は本当に男の子なんだ。大人になったら男の人になって婦美と 結婚する。結婚してくれるよね」
婦美は大きく頷いた。俊子からは少年しか感じられなかった。
 俊子は婦美を家まで送り届けると帰って行った。婦美は、涙の浮かんだ 眼で俊子が角を曲がるまで見送った。俊子の背中には当時から纏いつ いて離れない孤独な影があった。婦美は心が締め付けられるような思 いがした。
 この公園はひっそりとして誰もいないことも多かった。二人は、家の間を行き来す りときは時間があれば必ず、この公園に立ち寄るようになった。

  そうして、冬が来た。その年のクリスマス・イブには俊子が婦美の家 を訪れた。俊子は婦美へのプレゼントを持ってきた。それはバレエ・ シューズだった。婦美が欲しがっていたものだ。バレエを習っていた 訳でもないのにトゥ・シューズが欲しかった。婦美は手編みのマフラー を贈った。マフラーはあまり派手でなければ校則で禁止されていなか った。俊子は冬中そのマフラーをしていた。
 とうとう卒業式がきた。俊子は答辞を読んだ。自分は何時かこの人 と結婚するのだ・・・。婦美は十三歳の子供心にそう思い、多くの下 級生と共に泣いていた。俊子は同じ敷地内にある高校に進学するだけ なのに、ただ悲しかった。こうして、父兄の立会いの下、卒業式は 終わった。

第一章 おわり
 
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